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自分が自分に「怖れ」のメガネをかけさせていたんだなぁと気付けた事 ~私の怖れが1個緩んだ話~

昨日は手巻き寿司で マミコの実家に泊まったですけど 朝起きたら 雪が積もっててビックリでしたよ

天気予報で「最強寒波(← この冬何回目??)」がやってくるとの言葉に少し怯えていたものの、今年はあまり雪が降らずに済んでいたので、軽い気持ちで構えていたら…

一晩で10cm近くの積雪でビックリ。

昨日の夜から今朝にかけてが雪のピークだったようで、午後からは晴れ間がのぞき雪も解けだしているのですが、やはり雪国「新潟」は、年に一度はまとまった雪が降るんだなぁ~と雪を踏みしめながら感じました。

* * *

いきなり話は変わり、私は小さな頃から「不安」「怖れ」が強い方で、勝手に頭の中で不安を膨らませて怖くなり、未来が怖すぎて死にたいと希死念慮を持つような子供でした。

大人になって、子供の時ほどの居ても立っても居られないという病的な怖れは緩み(数年に一度顔を出しますが、大分対処法を覚えてやり過ごせるようになりました)、生活する分ではすごく困る事はありませんが、性質として「怖れが強く不安を見てしまう」のはまだまだ健在です。

人間、誰しもが大なり小なりの不安や恐れを持って生きているものですが、ことさら

・おひとりさまの老後
・孤独死
・老後資金

などなどに関して考えると、胃がキューーーッとなるのではないでしょうか?
えぇ、私もその一人で、この先の未来が不安で眠れなくなったりした時期もありました。

コロナもそうですが、明るい話題よりも暗い・不安なニュースって「心配だからこそ敏感に情報を集めて不安を大きくする」傾向がありますよねー。
不安が不安を呼ぶというか。

私は怖れと不安が強いので、業務の事を考えるだけで逃げ出したくなるくらい嫌いな仕事を辞められませんし、辞めたい…と思い続けながらも、もしリストラや倒産があったらどうなるんだろう?!と思って眠れなくなったりもします。

その怖れを分解すると

・お金持でもなんでもない普通の実家
・ゆえに、自分の生活は自分で成り立たせないといけない
・今の所、仕事を続けていれば生活に困る事はない
・独身なので自分が働かないといけない
・この先「もしもずっと独身」ならば、老後の蓄えをしておかないと

というもので、この「怖れ・不安」に支配されている時って、ギューーッと視野が狭くなって他の選択肢を考えていないんですよね。

お金の事はまた別の機会に話すとして、怖れの先にある一番大きなものは「死」です。

私たちは本能的に「死を避ける」選択をしたいと思いますし、死への怖れは大きいものです。
そして、もともと持っている「本能的な怖れ」を刺激するのが、様々な「情報」です。

特にメディアの情報って、不安を煽る方が注目されるので、何かとネガディブな話がどんどん膨らんでいくんですよね。
そして、よく目にしたり耳にすることで「こうなったらどうしよう?!怖いからそれを避けなくちゃ!」と、怖れのメガネをかけて世界を見てしまうようになります。

その一つが「孤独死」

なにかと『おひとりさま』の悲しい行く末…のようなイメージで、独身でいる事が不安になる人もいるのではないでしょか??

えぇ、私も自分が孤独死するんじゃないか?とメチャクチャ怯えていました。
何しろ、離婚して独身に戻ってきた上に、子供もいないので、このままいけば私に待っているのは孤独死なんだ…と、恐ろしくて夜中に目が覚めて心臓がバクバクすることもありました。

さらにテレビやインターネットの情報、雑誌でも「おひとりさまの悲しい末路」「死後●●日で発見された独居老人」などなどのニュースを、いかに寂しく哀れなことか!というように書いているものばかりで、それを鵜吞みにして震えていました。

そんな私ですが、原因不明の肌トラブル(未だに続く顔の赤み)のために皮膚科に行っていた際に、待合室にあった『日経WOMAN』を見て、ちょっとだけ楽になることが出来ました。
それは、FACTFULNESSという本についてまとめられていた特集記事。

FACTFULNESS

ざっくり言うと「私たちは思い込みで世界を見ている」というもので、その思い込みは私たちが持つ『本能的なもの』に起因するんだよ~という話。

この中の【恐怖本能】というのを読んで、すごく納得すると同時に、私の怖れは私が作り出して震えているんだよなぁ~と思えたことで、不安が襲ってきた時に

やめやめ!!
怖いけれど、それは今起きている訳じゃないから、取りこし恐怖や不安を感じてもしんどいもんね。
その不安のために、今やれることだけやって、怖がり過ぎずに生きようね。

と言ってあげることを意識することが出来るようになりました。

孤独死とか老後資金みたいなものって、自分が年を取って今のように「動けない」「体力も衰える」からこそ、今のうちに準備しておかないと!!と焦ってしまうけれど

そもそも老後と呼べる年齢まで生きれるという保証なんて、本当はないんですよね。

かといって、アリとキリギリスの話ではないですが、未来を全く考えずに備えずにいるのも危険と言えば危険ですが、怖れすぎて起きていないことに縛られてしまうってすごく生きづらいんですよね。
怖れや不安のために必死に生きるって、全然楽しくないですし、不安を解消するために頑張っても、その不安の対象は漠然とした未来なので、「これで大丈夫!」って言えないからこそ、ずーーっと不安が取れないんですもんね。

例えば、老後資金2,000万円問題のために2,000万円ためたら安心できるか??と言えば、最低限の蓄えはあるけれど、これはあくまでも最低限だから…と、きっと不安は解消されずに蓄えることをやめられないと思うんです。

もともとが不安に寄りやすい思考を持っている私なので、ふとした時に怖れや不安に胸がドキドキすることはありますが、その時に「そっか、不安については本能的に敏感になっているし、不安には注目しやすいもんね。必要以上に怖れちゃっていないかな?安心できる見方はないのかな?」と思ってあげて一呼吸置くようにしたら、不安の波に飲まれてどうにもならない状態に落ちることを回避できるようになりました。
(とはいえ、多少は落ち込んだり不安から胸のドキドキを感じるんですが、そこに長い時間とどまらずに抜け出せるようになったのは大きな進歩です。)

心理学でいえば「投影」や「カラーバス効果」というもので、私たちは自分が思ったように世界を見ているんですよね。
だから、不安というメガネをかけていれば不安な情報が集まってきてより恐れが強くなるのも当然なんですよねーー。(だからといって、不安な思考をなくせる訳じゃないので、不安になるたびに自分の側にいてあげるのは大事!!)

結婚もしていないし子供もいない私がこのままいけば、孤独死確定!!

みたいに極論で思っていたけれど、でもね、結婚していたって子供がいたって、一人にならないない保証なんてないんですよね。
配偶者とは同じ日に死ねるわけではないですし、どちらかを失えば一人になります。
子供だって大人になれば「自分の生活」があって、離れて暮らしていれば頻繁になんて会えません。

それなのに、自分が『今、一人でいる』ことを不安材料にして未来の不安をかき集めて震えていました。

でも、ひとりで生きて(暮らして)いる = 孤独かと言われたら違うと思うんです。

極論を言ってしまえば、自分が孤独だと思っていなければ、たとえ他から孤独に見えても孤独なんかじゃないんですもんね。

前回入院した際にも「もう入院なんてしたくない!」と思うくらい、私は病院にいるのが苦手でした。
色々と不自由ですし、気持ちも塞いでいきますし、自由がないし。

時間が経ってまた入院をした今回も、やっぱり私は「入院って嫌い・辛い」と実感し、いつか訪れる死の際に、病院では死にたくないなぁ~と思ったんです。

こればかりは未来に病気をしてしまうことだってあるからどうしようもないけれど、ここでふと「孤独死」と呼ばれるものが頭の中に浮かんだら、それは孤独と勝手に外側の人が名付けただけで、日常の延長で命の日を消せるわけだから、悲しい死ばっかりじゃないんじゃないか??と思えて、私の中の孤独死のイメージが変わりました。

勝手に心情や情景をプラスして「日常の延長で一人で逝くのは悲しいこと」を思い込んでいたり、情報を見聞きして思い込んでいたけれど

病室で誰もいない時にフッとその時を迎えるのも、一人で暮らしている生活の場で迎えるのも、一緒なんですよね。

だとしたら、私は自分が入院が苦手(嫌)なのであれば生活の延長で死ねるって、孤独ではなく私の「理想」なのかも?!と思ったら、なんだかすごく楽になれました。

私は自分で自分に「孤独死って怖いよ」というメガネをかけさせて、それで自分を不安にさせていたんですよね。
他にもまだまだ、いーーっぱい思い込みはあります。
それを全てなくすことはできないけれど、自分を苦しめる考え方が出てきた時に「そう思い込んでいるんだな」とほんのちょっとだけでも思えるようになって、思い込みのメガネをかけてる自分に気付けたら、ちょっとずつ楽になれるのかな??

改めて『思い込みの持つ力』ってものすごく大きいんだということを知れたのも、気持ちがともすると落ちていきがちな入院生活の中で気付けた収穫でした。

今現在、私はひとりで暮らしていて、片思いでパートナー不在です。
そこで時折感じる「寂しさ」は悪者ではなく、寂しさを感じる自分に寄り添ってあげるようにしています。
今ここで感じる寂しさと、未来の寂しさを勝手に予測して不安で震えるのは種類が違いますものね。
どうなるか分からない事で震えても、ただただ自分がしんどいだけですから、私は怖れや不安をできるだけ楽にしていきたいと思っています。

今回、1個だけとはいえ私の怖れの一つであった「孤独死」に関して、別のメガネをかけてみる体験ができて、すごく楽になりました。
ほんと、自分がどう思っているか?が自分の世界を作っているんですもんね。

入院したおかげで不安や恐れを1つなくせたのは、ホントに大きな収穫でした。うほほほほ。

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