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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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やりなれないと「色々怖いし不安になる」。また力いっぱいだからこそ、疲れるもの。

おかわり買いしたんですね… ドハマリですか。

スーパーのイチゴ味が「わっしょい!」と活気づいている中、1人暮らしでエンゼルパイ8個は困るのよねぇ~とかいいつつも、ペロリと完食し、美味しかったからもう一袋買おうと思っていたら、近くのスーパーではすでに在庫がなくなっていて、しばらく他のスーパーも探したのに出会えずションボリ。

限定フレーバーだし、もう出会えないのかぁ…と思って諦めていたら、売り切り終わったはずのスーパーでまたしても再販してくれていました!!!

買えないと思っていたものが買えるって、喜びが違いますね。
ぐふふ。こちらは大事に味わって食べようと思います。

さて、冒頭のおやつの話をササッと切り上げ、皆さんも気にしてくれている「給与間違いの件」について書きたいと思います。

* * *

昨日の午後、元上司と元社長との面談をしてきました。
新年度より組織体制が変わり、ちょっと表現がややこしい…

●経理担当者のミスで年齢を1つ上で登録していた
●結果、毎年の年齢昇給分(8,000円)が過払い
●過払い分は104万弱
●今現在、どういう状態なのか
●金額も大きいので、今年1年昇給がなかったと思って8,000円ずつ返すのがいいのでは?
●毎月の返済が…というのであれば、退職金で一括返金もあり

というようなことを話されたので、次は私からの確認事項。

●毎月いくらのミスがあって、総額いくらなのか初めて詳細を知った
●ミスがあって過払い分があることは聞いていて、悪いようにしないから毎月少しずつ返してほしいと言われていた
●1,000円を退職後も引き続き返してく(返済計画書などはなしで、口頭での話)
●10年の過払い分なので、税金・保険料等の還付を確認してほしい(還付分は返金へ)

会社としても、ミスしたのは会社側なので…と言いつつも「100万円あってすぐにドンと返せるならそれでもいい」という一言が出た時には、さすがにテーブルの下の手のひらを握りこぶしにしました。

えぇ、でも暴力は何も生みだしませんからね… ← 言ってみたかっただけで、チキンなので何もできないんですけれど。えへへ。

そりゃぁ、お金をたくさんもらっている人から見たら「たかだか104万円」かもしれませんが、私にとっては決して「たかだか」な額ではありません。

ましてや、ミスによって突然「知らない所から借金を取り立てられている」ような状態なわけですから(いくら先にもらっていたと言っても、基本給として提示されていたものなので疑っていませんでしたし)、快諾…となるわけでもありませんし、正直に言うと

なんで10年も気付かないんだよ!!!
被害デカすぎるだろーーーー

と思う訳です。
勿論ここで「正義」が振りかざされれば、過払いミスはあくまでもミスで、返金する性質がある物なのだということなのだとは思いますが、対応というか、その場でいきなり丸く終わらせようとされても「ミスですもんね。はい、了解でーーす♡」なんて言える懐の深さを私は持ち合わせてはいなかったようです。(粘着質のオマミ!)

まずは多く支払った諸々の還付額と、それを引いた「過払い額」、同時に「長い期間で出来たミスなので、長い時間をかけて無理なく返金する場合の返済計画」を社労士さんに出してもらってから、再度話し合いをすることで終わりました。

そこでまさかの発言に「???」だったのですが、例えば毎月5,000円でも8,000円でも、決まった額を返金する際に給与から引いてもらう形にすると、微々たるものですがその年の年収が下がり、税金・保険料などにも若干の影響が出るのは私にとってだけプラスのうまみがあって良くないのでは?という発言。

お、おぅ。
そんなこと言っちゃうんだ。

今回の件は、会社のミスであって私が受けたショックとか、こうやって交渉する際に実はかなり気も張るし疲れることは無視ですか。
ってか、ミスがなかったらこうやって返金がどうこうなんてないわけで、完全なる巻き込み事故じゃないですか!!!!

多分…ですが、その後私の顔色が変わったというか、チベットスナギツネのような目をしていたのか、何かを感じたようで「でもそこは、マミコさんに迷惑や負担がないように社労士さんにみてもらってだな…」と言っていましたし、悪意はなくポロッと素朴な疑問のようなことを口走っただけだとは思いますが、それにしても、やっぱり悲しい気分にはなります。

ミスした側は守られ、ミスによって「予期せぬ出来事に困惑する側」は受け入れるべき…というのは、やっぱり辛いものがあります。

私としても、長年在籍させてもらい、きちんとお給料をもらえている環境に感謝もしていますし、争いたい訳ではありません。
業務について悩み、泣き言も言いますが、それでもその都度気持ちを整えて、仕事に向き合って今に至っています。

これを言っても今更どうしようもないけれど「ミスされさえなければ」起きなかった問題に振り回されるのは、ほんっとにしんどい。

* * *

この件に関し、弁護士の正美ちゃんに話をさせてもらっていました。

会社と闘争したり揉めたりするつもりはないので、弁護士さんをお願いする…というのは最後の最後。
依頼をする・しないを別にしても報告だけする約束にしていたので、概要を説明したところ「こういうやり方もあるんだよ」という提案をもらい、私には分からない事もいっぱいあるので「有料でのお願い」を引き受けてもらいました。

そのお願いも含めて、正美ちゃんと話していた中で『この問題を通して、ちゃんと自分の意見を言う』『ちゃんと自己主張をする』という、私にとっての避けてきた課題と向き合っているんだと実感しています。

長年染みついた「平和主義」かつ「面倒ならば折れた方が楽」という逃げの気質ゆえに、なんとか自分を納得させて我慢させる方法を探すのがいつものパターンでした。

でもそれは、相手には何も伝わっていませんし「私が我慢している」事すら分からないんですよね。

もちろん、敵対したり自分の主張だけを声高に言うというのではなく、ここは『アサーティブコミュニケーション』で自分の思っている事も伝え・相手の主張も聞く、その上で話し合いをしていくということが理想で、そのための一歩が

・私はこう思うんです
・私はこうしたいと思っています

という「気持ちを伝えてみる」「意思表示をする」ということ。
自分の気持ちを伝えることは、悪い事なんかではないのに、これがまぁ、たった一つのメールをする前に悩みまくり葛藤しまくりました。

さらにここに「正義の声」とか「お金の事で揉めるのは心地よいものではない」などの色んな別の感情や思考が入り乱れてくるので、まぁ、自分が潰れそう…とグッタリ。

自分の意見を言うことが、こんなにもしんどいなんて!!!!
しかも、ただ「言う」「伝える」というだけなのに、こんなに乗り越えるべき壁(自分の中の抵抗)があるなんて、どんだけ今まで自分を押さえて生きてきたのか。

たった数行のメールの「送信」ボタンが押せずに1時間。
この間にあれこれ考え、心臓はバクバクし、すでに朝からグッタリ。

こんな思いをするくらいなら、もう素直に100万円で…

という気持ちもかすめましたし、頭のどこかに「厄介な人」「迷惑な人」って思われるんじゃないかという大きな怖れという他人軸もありました。

でも、私は今回の問題を前にして、ちゃんと話をして納得して進みたい!!
そして、怖いけれど、勇気を出して「自分の気持ち」を伝える挑戦をしよう!!

と自分の胸に手を当て、何度もスーハーと深呼吸して「大丈夫。やってみることに意味がある。」と自分を鼓舞して、えいやっ、とメールを送信しました。

この後ヘロヘロになっていた所、相方・サトヒーヌにも不安な気持ちを聞いてもらい、自分が怖れゆえに他人軸で自分との間の境界線をなくしていたことに気付けました。

実際、ちゃんと自己主張できている人は世の中に沢山いますし、それが迷惑…って余程のことじゃないと思わないですよね。
ってか、自己主張してくれないと分からない事もいっぱいあって、よくよく考えたら「察してちゃんの私」も、察してよ!!と思ってる訳ですし…

あの人はめんどくさくないから大丈夫!
あの人はなんでもOKって言ってくれるからいいのよ。

そんな風に「なんでもいい」という扱いをされるのも、また違いますものね。
メンドクサイと思われたい訳ではないけれど、メンドクサイと思われたっていい!と自分軸をちゃんと持つくらいになっていい、と自分に少しだけでも言えるようになれてきているといいなぁ。

この辺りは本当に匙加減が難しいのだと思いますが、鬼畜生に全くなり切れていない私は、もう少し自分のために自分を主張できるようなるために、こうやって問題を前にしているんだろうなぁ。

* * *

私はどちらかというと「感受性が高い」タイプです。

自分に備わっている資質をチェックする『ストレングスファインダー』でも、共感力が1位で、だからこそ「理解」が先行して、自己主張が得意ではありません。
とにかく、この自己主張が苦手なのは子供時代から。

子供時代から『人を思いやり優先する事』が大事だと教えられていたことや、聖書の教えである「隣人を自分のように愛する」ことの尊さから、人を思いやって考えるようにと心を砕くようにしてきたことで身につけてきたものが大きいんですよね。

どこで捻じれたのか、人を思いやる = 自己主張はいけない、になっちゃったのだと思いますが、そもそもの気質として自己主張が下手なんです。

かといって私は聖人君子ではないので、腹黒い部分もドロドロしたものも、怒りだって妬みだって持つ普通の人間ですから、知らずに態度に出ていたりはすることもあると思います。
が、敢えて行動をすることを「避けてきた」から、実際に自己主張するのが怖いったりゃありゃしない!

自分の世界の中や、安全な場所では「わーーい」と自分らしく振舞えますが、自分、内弁慶なもので… ← 高倉健さんの口調でお読みください

でですね、自己主張が苦手な私は、googleでこんなワードで検索をしてみました。

『自己主張してもいい』

いやー、自己主張をする自分を肯定・納得したかったんでしょうね~。肯定するために何かしらの情報が欲しい、他力本願なおまみーぬ。

すると興味深い記事を発見。
そのタイトルは「心理カウンセラーに聞く!自己主張が得意な人と苦手な人の特徴は?自己主張をするためには?」というもの。
おおっ、これは学ばせていただきたい!!

記事によると、自己主張の種類は5つ。

1.希望や要望を伝える
2.不快だと伝える
3.断る
4.反論する
5.自分をアピールする

自己アピールすることだけが自己主張ではなく「不快な気持ちだと伝える」「NOを言う・ダメな事を断る」ことも自己主張であると書いてありました。
そうそう、そうだよね!と分かっているのに忘れがちな事ですよね。

個人的に苦手なのが「希望や要望を伝える」というリストの1番目。(3,4も苦手だわ…)

これこそ自分の中の観念なのだろうと思いますが「希望や要望で周りの人を困らせるのでは?」と思っちゃうんですよね。
人の意見は聞けるし、それを別に困ったことだと思わないのに、自分の事だと迷惑だと思われるのでは??と、どんだけ自己否定しているのか…(苦笑)

伝えた後の相手の気持ちは相手のもので、私の手出しできる範囲ではないから、そこまで引き受けて思い悩まなくていい!と以前よりは思えるようになっていますが、ここは私のまだまだ「伸びしろ」であり課題でもあります。

…と、もっともらしくあれこれ書いていますが

やっぱり自分の意見を主張するのって、苦手だわーー。
得意不得意があって、私にとっては不得意だわーー。

そんな大変な事に挑戦したって、偉い!!!
メール一つ出すのにヘロヘロになったし、出したことが素晴らしい。(ここで出さなかったとしても、出さない選択をした自分を褒めますが)
やりなれない事だもん、勇気も力も必要だったよね。
うん、本当によくやった。
今やれたことをやったことだけでOKだよーーー。

ということが今日の結論です。

誰かにとって「そんなこと」と思われるようなことが、誰かにとっては「とても勇気を出さないとやれない挑戦」です。
人はみんな、得意不得意が違います。
だから、他の人が簡単にやれる事を自分が出来ないからと言って、自分を責めなくてもいいんです。
上手くやれなかったとしても、頑張ったらそれをうーーんと褒めてあげなくちゃ!
だって、どれだけ力がいるのか、勇気を出したのかを知っているのは、他でもないあなた自身ですものね。

ということで、まだこの問題がどうなるのか?は分からないけれど、その都度考えて悩んだりしながら必要な事にその都度向き合っていこうと思います。

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