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『ペットロス・離別・失恋』サヨナラの痛みと哀しみを癒す心の保健室 ~あなたの傷に優しく絆創膏を貼るお手伝いをしています~

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カウンセラーではなく「理解者」を目指す

今日も穏やかな冬晴れの日ですよ。Amazonさんから本が届きましたですよ。

私の冬休みは今日が最終日。
9連休はあれこれやりたい事があったのに、いざ終わりを迎えようとしてみると「やろうと思っていた事の半分」もやっていない事が発覚。

あーっはっは。
ま、いっか。

だって、今日はメロンも美味しかったし、仁くんと気持ちいいお天気の中お散歩もしたし、実家でダラダラのんびり過ごしたし、予定外で目が腫れたりというハプニングもあったし、何より『明日からの社会復帰が嫌だー』と言いながらも、大きな悩みや不安を抱えず平穏に過ごせた日々だったことが、はなまるだもんね!!

あ…
ブログで元旦に「今年の目標を自由に立てよう!」と言っておきながら、私はまだ書いていません。
あーっはっは。
次の3連休にはきっと!!と、お楽しみ(?)を先送りにしておきます。

連休中は本を読んだり、ノートを見返して復習したりしたいな〜と思っていました。
クリスマスプレゼントとして、今更ですが最近覚えた「kindle」という電子書籍を利用して「ほしい物リスト」で寝かせていた本を4冊買いました。(まだ未読ですが…)
いやー、便利ですね!!

で、全ての本が電子書籍化されているわけではなく、そういえば師匠である根本さんの『書くだけで「自己肯定感」が高まるワークブック』なる書き込み式のムック本が新刊で発売されていた…ので、新しい年に「さらに自分を受け入れて肯定できるように」と、ポチッと注文しました。

で、昨日投函されていたポストから本を受け取ったのですが、とても柔らかい色とイラストに、女子心がキュンとしちゃう薄い冊子型の本。
…をお見せしようと思っていたら、まぁ、ギンちゃんが「オレがステマするですよ」と言いながら、半分以上本を隠すという暴挙。

ぐりぐり ぐりぐり

気を取直して…
ね!柔らかい黄色は元気をくれる明るいレモンのようで、お花や女の子のイラストもタッチが柔らかくて優しいですよね〜

新しい年に自分を好きになるオススメの一冊ですよーーーガオーーー

張り切って「ステマしますですよ」と言うので、〆をお願いしたのだけれど、なんちゅー顔してるんでしょうか…
果たしてこれで「いい本だよ♡」と伝わるのか不安なので…

自己の!肯定の!カーーーン!!できるようになるとみんなハッピーになるって書いてあったでち。

中もとってもかわいらしくて、そして30のワークを通して自己肯定するコツを掴めるワークブックです。(まだパラパラ見ただけで読み込んでいないのでサラッとのご紹介ですが、これからゆっくりワークも楽しもうと思います♡)

さて、ステマとして師匠のワークブックをさらりとご紹介してきたのですが、いきなり話題を変えて(← でたー。いつもの強引な展開)、今日は素敵な本と昨日コミットした内容について、私なりに思うことがあったので、それをご紹介させてもらおうと思います。

人生最後の日って死んじゃう前の日ってことでちか?

うん、そうだね。
明日または今日死ぬ…と思うってすごい考え方なんだけれど、『今日が人生最後の日だと思って生きなさい』というタイトルのこの本は、ホスピス医の小沢 竹俊 先生が書かれたもので、ホスピスという現場を通してたくさんの看取りをされてきた先生だからこそ書ける暖かいメッセージ集のような本でした。

前書きにまず、とても心が動かされる一説がありました。

人生最後のときが近づくというのは、究極の苦しみです。
しかし人は、その苦しみの中から多くのことを学びます。
自分が生きてきた、本当の意味。
自分を穏やかな気持ちにさせてくれるもの。
一人で抱え込んでいたものを手放し、誰か、あるいは何かにゆだねる大切さ。
そういったことに気づき、幸せとは何かを知るのです。
(出展:今日が人生最後の日だと思って生きなさい/小沢竹俊 著)

確かに「死」を目前に控えるという気持ちは、究極の苦しみだろうと想像できます。
「死」以外でも、私たちは生きているとさまざまな問題に直面し、そこで苦しみます。

問題は自作自演と言いますから、必要で起こしているものであるとはいえ、やっぱり苦しみの渦中にいるときは立ち上がれなくなったり、希望を持てずに自暴自棄にもなります。
何日も食べれない・眠れないというくらい苦しんで、当たり前の日々がどれだけ幸せだったか気付く事もあります。
苦しみとはきっと、そこから大きなものを得て学ぶために必要で、だからこそ自作自演で問題を私たちは作り出して「自分を成長させている」のかもしれませんね。
問題を乗り越えると大きなギフトがあると言われていますが、まさに苦しみを乗り越えた後で得られるものは「自分にとって価値のあるもの」なんですものね。

私も自分を投げ出したくなるくらいに大きな問題を抱えるまでは、ずっと自立して一人でなんとかしようと奮闘してきました。
頼らず、甘えず、歯を食いしばり、みっともない私はダメだと自分を律してきました。
でも、大きすぎる問題を自分で目の前に準備したことで、初めて「もう頑張れない。誰か助けて。」と弱みを見せるしかないことを知りました。
自立を弱めて、助けを乞い、その手を掴みまた歩き出す。
助けてもらえる事で愛を受け取り、助けさせる事で愛を与え循環する。そんな相互依存というものを知れたのも、問題が大きく苦しかったから。

願わくば苦しみは少ない方がいいですし、問題は軽い方がいいけれど、今、様々な問題を前に途方にくれて苦しんでいるあなたも、この苦しみを通して「幸せを知る」ことをしようとしているのですものね。
そして、問題を抱えて一人ではもうどうしようもないと白旗を振った時に、その気持ちを理解し共感してくれる場所として、私は存在できたらいいな、と思っています。

以前、グリーフケアの講座で講師をしてくださったカウンセラーの方の言葉でとても印象的だったものがあります。

カウンセラーとして一番多く聞かれる質問とは何か?というもので、それは

どうしたらいいでしょうか??

というものなのだということ。
確かに私も、自分が暗闇の底にいた時、その場所から早く抜け出したい、早く楽になりたくて「どうしたらいいのか?」と答えを探していたのを覚えています。
自分でどうすることもできないと苦しいからこそ「どうにかしたいから方法を知りたい」と思うんですよね。

例えば夫婦問題を抱えている時に、こうする事は効果的かも知れない・彼の心理状態がこうかも知れないからこんなアプローチが出来る…などのテクニックと呼ばれるものはあるのかもしれません。
けれどそのテクニックは完璧ではなく、やはり一人ひとり違う人間ですから「どうしたらいいのか?」に対する明確な答えというのはありません。

カウンセリングやお悩み相談の場も、答えを与えられる場所ではなく、答えはみんなそれぞれ悩んでいる人が見つけて決めていくしか出来ず、カウンセラーに出来る事は本当に少しです。

問題を前に、カウンセラーを名乗っている私は本当に無力です。

私に出来る事は、悩みを前にして途方にくれているあなたが話をしてもいいと思ってもらえる場所になる事、そしてただただ寄り添い続け、気持ちを理解して抱きしめ、背中をさすり一緒に泣いたり笑ったり、時に緊張を緩めてあげる時間を届ける事だけです。

私自身、自分が生きることすらやめたくなるくらい絶望した時に、生きる事をやめずに済んだのは、羊のような風貌の心療内科の先生との出逢いや、どこまでも私の「決められない日々」を責めずに受け入れてくれた家族がいたからです。

問題を人に話すのには勇気がいります。
また、問題が長期化したり決められない問題を持つと、だんだんとそれを人に言うことすら出来なくなっていきます。
どんどん抱え込んでしんどくなって、自分で自分を潰していくほどに抱えて苦しみ抜きます。

本の前書きにもありましたが「一人で抱え込んでいたものを手放し、誰か、あるいは何かにゆだねる」事でどれだけ楽になれるのでしょう。

かといってそれをどこに話せばいいのか、受け入れてもらえるのか、不安は尽きません。
だってもう傷付きたくないんです。
だから話をして受け入れてもらえない体験はしたくないからこそ、話したいのに話せずに抱えてしまうんですものね。

悩みや苦しみ、不安を「話す」事で解決する訳ではありません。
けれど、聞いてもらえる・理解してもらえると知った時、私は号泣し「死ぬのはやめよう」と思えました。
離婚が出来ず2年半も迷っていた私を少しも責めず「あなたが決めていいんだよ。」と信頼して理解してくれた両親や妹達がいたから、安心して迷うことができました。安心して決めることができました。

理解してもらえる事の心強さ、受け入れてもらえる場所がある事で勇気が持てるようになる事を、私は自分が体験したからこそ、そういう場所として扉を開けて明かりを灯して「どうしたの?よかったら話してね」と抱きしめてあげられる場所でありたいと思っています。

昨日、コミットメントを書きましたが、カウンセラーとして…という宣言をしておきながら少しザワザワしている部分がありました。
多分それは、小さな言葉の違いなのですが

私はカウンセラーを目指しているのではなく、理解者になる事を目指している

ということだと気付きました。
まぁ、おんなじような意味なんですけど。てへへ。

私は心理分析も上手ではありませんし、まだまだ分からないことはいっぱいあります。
それを知りたい!学びたい!と思っているので、その面はもっともっと成長したいしその姿をお見せしながら少しずつ出来る事を増やしていければと思っています。

100%相手の苦しみを理解する事は出来ないが、相手の理解者になる事は出来る。
(出展:今日が人生最後の日だと思って生きなさい/小沢竹俊 著)

私は簡潔な文章力がないため、自分が何をしたいのかを上手に言葉にまとめることができなかったのですが、この本を読んでいてその通りなの!!と思えたので、私なりに自分がコミットしたいものをまとめてみたいと思います。

悲しみ・怒り・絶望・苦しみ、生きる意味すら分からなくなったと泣いている人に私に出来る事は何か??
それは、誰よりも丁寧にあなたの話に耳を傾け「聞く」事です。
私に話をして問題が解決されないとしても、悲しい時に「悲しい」と言える場所である事、辛いときに「辛いんです」と言葉を吐き出せる人がいると思ってもらえる相手でありたい。
「この人は私の気持ちを分かってくれる」と思ってもらえるだけで、理解者がいると思えるだけで、安心できるのだものね。
ほんの少しだけでいいから、気持ちが楽になる場所でありたいと思っています。

あなたの気持ちを理解したいし「理解者になりたい」という気持ちを届けたい。それはきっと「共に考え・分かりたいと思い続ける事」。
心細いあなたはひとりぼっちじゃないよと、暖かいハグを届けたい。

そしてもう一つ、私は羊のような風貌の先生に話をする時に感じていたのが、先生はいつも優しい空気で「忙しい」を感じさせなかった事が、話をしてもいいと思えたのだろうと思っています。

だから同じように、私も出来るだけ「暇でアホでのんびり」していると思われたいし、少しでも緩める時間を届けられたらいいな〜というのを大事にしたいと思っています。
だって、忙しそうにしている人に話を聞いてもらうのってなんだか悪いような気がしちゃいますものね。
だから、のーんびりお昼寝してそうなそんな私のまま(いや、実際お昼寝しているんですけどね。)頑張らずに余裕のある私として、ちょっと隙間やゆるさを大事にしていきます!!

頑張らない事を頑張りますコミット、というのでしょうか???

という事で、本を読んだ結果なんかモヤモヤしていた昨日の2つめのコミットがクリアになったよ!!というのを、長々と書いてきた次第でございます。

小沢 竹俊 先生の本は、私にはとっても染みて大事に取っておきたい1冊になったので「2800人を看取った医師が教える人生の意味が見つかるノート」という本も買おうかな??と迷っています。
その前に、年末に買った本を読まなくては…と言いながら、amazonのほしい物リストにポチッとしてありますが、単行本だけの発行みたいで電子書籍化してないのが残念だなぁ。